B・Bコラム#61 ライバルとの再会

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まずは御礼。

前回のつば九郎に関する記事、

想像を遥かに超える多くの方々から

リアクションや賛同の声をいただきました。

ありがとうございます

僕は想いのままに綴っただけですが、

たくさんの方の目に留まって

少しでも皆さんの心の拠り所に

なったのであれば幸いです

 

さて、前に進みますね

今日はコラムの再掲。

たまたまの順番なんだけど、

また別のあるマスコットとの交流の物語です。

それではどうぞ!

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#61 ライバルとの再会

(2008年12月26日)

今回のコラムで先日のディナーショーの報告を期待してた方、ゴメンなさい。今回はその話じゃなくて…その翌日&翌々日の出来事についてです

 

12月15日、ディナーショーを終えて帰ると、もう既に日付は変わっていました。僕は全精力を使い果たした感じでヘトヘトでしたが、ゆっくり骨休めしているヒマはありません。翌日には、僕がずっと心待ちにしていた、とある「ビッグプロジェクト」が待ち構えていたからです。僕はわずか3時間ばかりの睡眠で、翌朝早く札幌を発ちました。行先は静岡市の清水区。僕は、出版に向けて今準備中の本の企画で、あるマスコットに会いに行ったのです。そのマスコットとは──Jリーグ・清水エスパルスのマスコット、「パルちゃん」

おそらく読者の大半…というかほぼ全員が、「何故B・Bとパルちゃん???」と不思議に思うでしょうね(笑)。野球とサッカー、競技も違えばホームタウンも全く離れ離れ。普通に考えれば、僕らの間には何の接点もありません。もしこのコラムを熟読されている方がいたら、以前ドーレくんとの交流を書いた回で、僕がパルちゃんについて「ものすごく『ハート』のあるマスコット。いずれコラム1回分丸々使って語りたい」と言及していたのを覚えているかもしれませんが…。

 

そもそも、僕と彼とが知り合った経緯については少々説明が必要になります。

もう随分と前の話になります。その頃僕は、勉強の意味も兼ねて全国を訪ね歩き、あちこちのマスコットを見て回っていました。プロ野球は当然、12球団全て見て回りましたし、サッカーのマスコットにも何か見て学ぶものがあればと思い、いくつかのスタジアムに足を運びました。まだ今ほどマスコットの認知度もない頃のこと、各キャラのレベルも様々でしたけど、そんななか清水エスパルスのホーム・日本平スタジアムで見かけたパルちゃんの姿には、何か僕の心の琴線に触れるものがあったんです。

まずスタジアムに入った時点から、彼がサポーターにどれだけ愛されているかがわかる。スタンドにいるお客さんの中に、パルちゃんのでっかい人形を持っている人が結構たくさんいるんですよ。試合前、ピッチに出て来た彼に向かって、スタンドからは「パルちゃ~ん!」という声援がたくさん飛ぶ。彼もそれに応えるように、フェンス越しにスタンドのお客さんへのグリーティングを続けていきます。それも、かなり長時間に渡って…。彼はグラウンドを一周しながら、スタジアムの低いフェンス越しに、じっくりとファンとのふれ合いを続けていくんです。時にはその試合前グリーティングが、ノンストップで2時間以上も続いていた日もありました。

そして、今やすっかり日本平名物となっているのが「パルちゃんショー」。試合前のピッチ上で、その時々の旬のネタをちりばめて数分間の「ショー」を毎試合やるんですけど、これが会場でメチャメチャウケてるんですよ。お客さんの中にはこれを楽しみにスタジアムにやって来ると言っても過言でない人もいるくらいで、みんな本当に温かい目でショーを見守っている様子が手に取るように感じられました。

そして試合終了後。たまたま僕が見に行ったその試合は、残念ながらエスパルスの負けだったんですね。僕がそれまで知っていた野球の世界では、マスコットが試合後登場するのは勝ち試合のみで、負けてしまったらもう会えない…というのが普通だったので、「もう今日は彼の姿は見られないのか…」と思って帰り支度をしていたら、少ししてパルちゃんがピッチに出て来たんです。そうして、残っていた観客とまたグリーティングを始めた。敗戦に肩を落としているサポーターと、時に慰め合いながら…。今ではある意味当たり前の光景ではあるけれど、その時の僕にとってこれは目からウロコでした。実際、出て来ることのないと思っていたマスコットが出て来た時にはかなり嬉しさを感じましたから。

彼のことが気になった僕はその後も、何度か日本平まで足を運びました。そして、彼のファンに対する接し方や、パフォーマンス中の彼の仕草ひとつひとつを見ていくうち、「何か」をずっと感じていたんですね。彼と僕とは絶対に、通じ合う「何か」がある、と。

僕は彼に手紙を書きました。今僕のしていること、考えていること、そして彼を見て感じたこと──全てありのままに綴りました。彼だったら絶対に理解し合えると思って…。勝手な思い込みではあったけど、僕の予感は的中しました。しばらくして、彼から返事が届いたんです。それも、僕の期待以上に中身の詰まった返事が…。やっぱり彼は、僕が予想していた通りの男でした。常にファンの気持ちを思い、何をしたらみんなが喜んでくれるかを第一に考えている…彼はそんな心根の優しいマスコットだったんです。

 

それからというもの、今に至るまで僕達の交流は随分と長い間続いています。彼も、僕を見にファイターズの試合に来てくれたことがありますし、互いによく連絡は取り合ってますね。僕がある大きな転機に、自分の進むべき道に迷って悩んでいた時期、彼の姿にかなり背中を押されたこともありましたし、とにかく、彼には今まで随分と影響や刺激を受けてきました

前述の「パルちゃんショー」は、彼が毎回自分でネタや構成を全て考えて来てるんです。サッカーの場合野球に比べたら試合数は少ないですけど、それでも毎試合毎試合新しいネタを考えるのは大変な作業ですよ。でも彼は、いろんなTV番組なんかをくまなくチェックして研究して、常に「アンテナ」を張り巡らせている。その姿勢には、プロとして見習うべきものがあります。

それからもうひとつ尊敬に値するのは、彼は毎年末欠かさず、ファンに向けて1,000枚以上のクリスマスカードを自筆のサインやメッセージを添えて送ってるんですよね。1,000枚ですよ!どれだけの時間と労力が掛かるか、想像できますか?僕もこれにはかなり刺激を受けました。余談ですが、僕はファイターズのマスコットとしてデビューした頃、「どうしたらみんなに受け入れてもらえるのか?」と随分悩み苦しんだ時期がありました。そんな時、このことを思い出したんです。で、僕の名前を公募した時に応募してくれた人のうち、名前と住所の分かっている人全員に、自筆のメッセージとサイン入りでお礼状を書こうと思い立った。その数、合計8,379通──約2ヶ月半かけて、来る日も来る日も書き続けました。それは気の遠くなるような作業だったけど、1日でも早くファンに受け入れられたい、そしてパルちゃんには負けられないという一心で書き続けました。今僕がファンレターに対して全て返事を書いているのも、毎年ファンの皆さんに年賀状を送っているのも、そういった影響が多分にあるからなんです。

僕がいつも、試合の勝ち負けに関わらず試合後にグリーティングをしているのも、彼の影響と言えますね。僕がファイターズでデビューした時、このスタイルは必ず取り入れたいと思っていましたから。たとえ試合に負けてもそれで終わりじゃなく、球場に来てくれたファンへの感謝の意味も込めて、最後の一人が帰るまでお客さんを見送り続ける。ファン側の立場に立って考えれば、こんなに嬉しく、かつ安心できることはないと思うんです。

パルちゃんもパルちゃんで、僕のコラムはちゃんとチェックしてくれてるみたいで、「スゴいわかるわ~」みたいなメールを時々くれますね(笑)。マスコットという特殊な職業柄(?)、なかなかやっている本人でないと分からない事情や気持ちってのが多々あるんですけど、それが彼とは特に分かり合えるんですよね。彼と話してると、お互い「そう!それ、それ!」みたいなことはよくありますし。

彼はJリーグでも一、二を争う人気マスコットですから、よくサッカー関係の雑誌のインタビューなんかを受けたりすることがあるんですけど、ことあるごとに「ライバルはファイターズのB・B」って言ってくれてます。彼も今年『パルちゃんとグランパスくんのほん。』てのを出版してますけど、その中でもそう言ってくれてて嬉しい限りですね。まぁこういう僕らの今までの経緯を知らないほとんどの読者は、「どうしてB・B???」って不思議でしょうがなかったでしょうけど(笑)。

 

そんな僕らですから、「いつかは共演してみたいね~」とは常々言ってたんですけど…いかんせん接点が見付からない。前僕が「トリビアの泉」の100m競走で優勝した時がありますよね?パルちゃんは脚には自信があるみたいで、あの時も「次はJリーグのマスコットでも100m競走やって、勝った者同士で決戦できないかなぁ?」みたいなことも言ってたんだけど、実現しないままトリビアも終わってしまいました。今年コンサドーレがJ1に昇格したので、エスパルスが札幌で試合をする時にマスコット交流でもやってくれないかな~、なんて淡い期待も抱きましたが、残念ながらそれも実現せず…。

そんな時、僕に写真集出版の話が来ました。企画内容に思いを巡らせていた時、僕は「これだ!」とひらめいたんです。プロ野球とJリーグという、競技を越えたマスコット同士の「対談企画」としてなら、僕とパルちゃんとの共演は充分成り立つし、良いものができるんじゃないかと…。

こうして、僕らの「夢の対談」は実現しました。当初はパルちゃんに札幌に来てもらうつもりだったんですが、諸般の事情で逆に僕が清水まで彼を訪ねていくという設定に。もちろんパルちゃんも二つ返事で快諾してくれて、対談の実現に向けて色々と尽力してくれました。

そして、遂にその日は来ました。12月はイベント出演目白押しだったので、僕に許された時間は、ディナーショー後に休養の意味もあり空けておいた2日間だけ。その2日を使っての清水訪問は、かなりの強行日程でした。本来初日の午後に対談を済ませてから、2日目の午前中に清水周辺で2人で写真撮影を──というスケジュールだったんですけど、2日目があいにく雨の予報だったため(実際土砂降りでした)、急遽予定を変更して初日写真撮影、2日目に対談という形になりました。

時間にして、わずか24時間もなかった清水での滞在。けど、僕達にとっては長年の願いの叶った、まさに夢のような時間でした。限られた時間だったけど、僕ら本当にいろんな話をした。 僕達がいつも心に抱いているもの、「マスコット」という存在に対しての想い、様々な悩み、そして僕らの未来について──その全貌は、本が出るまでもう少しお待ちください。マスコットを心から愛する人達ならば、野球やサッカーという競技の枠を越え、必ず理解して満足いただける内容になっていますので。

 

僕にとってパルちゃんとは、志を共にする一番の盟友であり、最も心の理解し合える仲間であり、そして唯一のライバルです。「ライバル」という言葉の解釈は様々だと思うけど、お互いが競い合い、認め合い、刺激し合うという意味では、僕にとっては彼がまさに唯一無二のライバルと言えますね。

次に彼と「共演」できる日がいつになるのかは、わかりません。そもそもそんな機会がまたやってくるのかさえ、今は何とも言えません。でも僕は、競技は違えど、彼というライバルの存在を幸せに思い、札幌への帰途に着いた頃にはディナーショーの疲れもどこかに吹き飛んでしまっていたのでした──

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あの日のことは、今でもハッキリと

覚えてますね~。

超弾丸スケジュールで清水を訪ねた

実質1日だけの限られた時間だったけど、

ホントに夢のようなひとときだった…

この様子は、僕の最初の写真集

「B・B Photo Book RUN」

掲載されてますが、

持ってない方のために何枚か

その時の写真を紹介しますね

まずは清水の名所、三保松原でのショット。 続いて日本平スタジアム

(現・IAIスタジアム日本平)。 ↑コレはパルちゃんの定番ネタだった

「PUMA」のポーズですね

そして静岡と言えばお茶🍵↑富士山を望む茶畑にて。↑コチラは静岡市内にある

パルちゃん像の前で。 そして対談後のオフショット↑

本文中にもあるとおり、

清水に着いたのが午後でしたが

翌日雨予報だったので、

屋外ショットは初日のうちに

全部撮っちゃったんですよね。

なので大半の写真が黄昏ショットでした

 

あれからいろいろなことが変わったけど、

「彼」は今でもバリバリ頑張ってますね

今でも時々連絡来ますよ。

たいていの場合、超・突然に(笑)。

お互いバカな話もするし、

真剣なマスコット論も語り合ったりします。

僕の活動スタンスの原点とも言える彼。

グリーティングやファンレターの返事、

いろんな面で大きな影響受けてます。

(ちなみに本文中に出てくる

「8,379通のお礼状」については

コチラの記事に詳しく書いてます)

タイトルは「ライバル」としてるけど、

より正確に言うと心の友、

「心友」と呼んだ方がしっくりきますね

世の中、いろんなマスコットがいるから面白い。

そして、この時代を生きてる自分は

幸せだな、って改めて思いました

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