ここ2日ほど間が空きましたが、
実はこの間、ずっと今回の記事の
情報整理に追われてました💦
今回(+次回)お送りするのは、
2月に訪問したニセコ町での取材で
まだ紹介できてなかった部分。
ある方へのインタビュー記事になります。
これまでこのブログでは、
いろんなまちのお店や生産者の方々に
取材させてもらってきたけど、
今回はその「最終回」に相応しい
とっても深くて考えさせられる
「生きざま」の物語を紹介しますね![]()
…というコトでお邪魔したのはコチラ!
ニセコワイナリー。
北海道ももうだいぶ雪解け進んだけど、
たった1ヵ月半前なのに
この頃はまだ雪深いですね~⛄
そして今回お話をお聞きするのは、
ワイナリーオーナーの本間泰則さん。
ニセコワイナリーには去年6月にも
近藤小のブドウ植樹でお邪魔してるんで、
その時にも一度お会いしてます。
その時ちょっといろいろ調べてたら
ニセコ町HPの移住・定住ガイドに
いつかお話を聞いてみたいと
思ってたんですよね![]()
取材は落ち着いた雰囲気の
素敵なリビングで行わせていただきました![]()
(ちなみに前に紹介した奥様の眞由美さんは、
この日午後行われた「絵本ワールド」の
準備でご不在でした)
ではよろしくお願いします!
本間さんは現在74歳。
元々のご出身は佐渡島ですが。
ワイナリーを始めるまでの学歴・職歴が
なかなかスゴい![]()
大学は北海道大学に進学し、卒業後は
融資を専門にする「日本興業銀行」に
入行しました。
ちなみに奥様の眞由美さんとは
北大のボート部時代に出逢って
(当時眞由美さんはHTBアナウンサー)、
就職後にご結婚されてます。
本間さんが日本興行銀行に就職したのは、
発展途上国の問題を扱う
「開発金融」という分野に携わって、
ゆくゆくは国際機関で働きたいという
気持ちが強かったから。
そこで27歳の時一念発起して
外務省の奨学金制度を受けて合格し、
アメリカにある8つの名門私立大学
「アイビーリーグ」の中でも
トップ中のトップと言われる
イェール大学の大学院に2年間留学。
ココまでの話聞くだけでもう既に
めちゃくちゃエリート!って感じで
まだ全然ワイナリーと繋がってきませんが![]()
こんな感じで本間さんの二十代は
英語・イェール大学受験・そして奨学金の
試験勉強など、かなり猛烈に
勉強しまくったそうです![]()
そしてこのイェール大学への留学経験が、
本間さんの転機の一つになりました。
在学は1977~78年頃だったんだけど、
ちょうどその頃、今をときめくAppleが
世界初のパーソナルコンピューター、
つまりパソコンを発表したんですね💻
本間さんは大学院の授業で既に
大型コンピューターを使ってたそうですが、
大学で初めてPCの初号機を見かけた時は
ただの金属の弁当箱にモニターが
付いたような見た目で、
「こんなおもちゃみたいなモノで
一体何ができるんだろう?」とも思いつつ
「コレは時代が変わるな…」という
直感めいたものも抱いたそうです💡
今じゃ信じられない話だけど、
当時日本の銀行員は
まだそろばんを使って仕事してた時代![]()
しかし本間さんは将来、一人一人が
PCを使いこなす時代が必ず来ると予測して、
PCをなんとか使いこなして
ビジネスの世界に持ち込んだら…
と考えたそうです。
そしてそこから自分なりに勉強して
日本にPCが本格導入される前に
プログラミング技術を習得しました。
さらに留学を終えて日本に帰国後は
当時月給以上の値段がしたPCを購入して
「ビジネスにこの『箱』を使うには」を説いた
『パソコン自由自在』という本を
1981年に出版することになります。
すると専門書としては異例の7万部を売り上げ
なんと当時2位のベストセラーに!
(ちなみに1位は黒柳徹子さんの
『窓ぎわのトットちゃん』だったらしい)
もう出版されてから45年になりますが、
調べたらまだ中古本ありました!![]()
こうしてその後、銀行業務の中でも
IT分野に関わっていくことになったのです。
この本の出版、後で伏線回収するんで
覚えといてくださいね![]()
…まだまだワイナリーと全然繋がりませんが![]()
本間さんの物語、続けます。
本間さんはその後念願の海外勤務が叶い、
1982年から4年間、フィリピンの
マニラに本部のある国際機関
「アジア開発銀行」に出向して、
発展途上国の開発プロジェクトを
支援する仕事に携わります。
そして帰国後もITの専門家として、
銀行のネットワークシステムを
構築していく任務を担当。
さらに1991年からは日本興業銀行の
ロンドン支店で7年間勤務することに。
そしてこのロンドン赴任が
現在のワイナリーに繋がってくる
重要な契機となるのです。
イギリスでは友人や知人を
自宅での食事に招待する習慣があって、
本間さんはロンドン赴任中
地域の人達や取引先の方々と
交流する機会が多かったそうですが、
そんな時コミュニケーションの場を
演出してくれる存在として
不可欠だったのがワイン🍷
本間さんは元々ワインが好きでしたが、
イギリスでこのワイン文化に触れてから
ワインを本格的に勉強するように。
休みを利用してはヨーロッパ各地で
いろんなワインの名所を巡ったり、
様々なワインをテイスティングしたり…
という日々を送りました。
あるワイナリーでは醸造方法を
教えてもらう機会もあって、
そうした中、本間さんの中でワイン造りが
将来の夢として芽生えてきたそうです。
ただその夢を現実にするには、
まず膨大な資金や土地が必要。
さらに栽培や醸造など技術的なものも
学ぶ必要があり、越えなければいけない
高いハードルが立ちはだかっていました💦
しかし、本間さんはそこに向かって
少しずつ準備を進めていったのです![]()
イギリスから帰国後、本間さんは
2000年に世界最大の銀行と言われる
シティバンクに転職。
その傍ら脱サラの準備を始め、
しっかり貯蓄もしながら
ワイナリー設立の適地を探すために
国内は山梨や長野など、そしてさらに
オーストラリアやニュージーランドなど
海外も含めたあらゆる場所へ
調査旅行を重ねていきました。
ここまで紹介したとおり、
本間さんの経歴は一般的な目で見れば
かなりのエリート街道です![]()
当時エリート銀行マンと言うと、
定年後も銀行の「看板」を利用して
どこかの中小企業の社長や
財務担当の部長に納まったり
することがよくあったパターン。
本間さんもそんな道を選ぼうと思えば
たぶんできたんでしょうけど、
銀行の仕事のために人生を犠牲に
するつもりは全くなかったそうで、
定年退職後に自分の情熱を燃やす対象は
ワイン造りだと狙いを定めていました。
良い退職金をもらって悠々自適の
生活を送るのを幸せと捉えるか、
そのお金を自分の夢を広げるために使うか、
それは個人の価値観次第。
本間さんは迷わず後者を選んだんですね。
しかしそのためには、どうしたら
自分の力で生きていける世界を
作り上げられるかしっかり考えるのが重要。
これだけのオペレーションを立ち上げるには
ものすごい資金が必要になるけど、
自分の夢のために家族が崩壊するのは
最悪のシナリオなので、
どうやって家族を守りながら
自分のやりたい夢を実現するかを
基本中の基本に模索を続けました。
幸い、本間さんは元々銀行で
そういった「分析」を専門にする仕事を
ずっとやってたんで、
最初にどのくらいの資金を用意しておけば
食うに困らず生きていける状況を作り出せるかは
緻密にシミュレーションしながら
考え尽くしたそうです。
…ここに来てやっとワイナリーと
話が繋がってきた![]()
こうして脱サラの準備を進めながら
世界各地でワイナリーの適地を探す中、
ニセコに辿り着いたのは、
奥様の眞由美さんがきっかけでした。
2005年、眞由美さんのお兄さん、
つまり本間さんの義理のお兄さんが
たまたま羊蹄山の麓に広がる
ニセコ町の6,000坪の土地を
購入することになったんですが、
その2年前に眞由美さんが最初の絵本を
出版して入った印税を活用して、
その土地の半分を買うことにしたんです。
本間さんは北大在学中、ニセコには
スキーでしょっちゅう来ていたこともあり
土地を見て気に入ったんですが、
さらに調べてみると
ブドウを育てるのに必要な「積算温度」が
シャンパンの原産地・フランスの
シャンパーニュ地方とほぼ同じ
条件だと分かったそうなんですね。
一方で、こんなに雪の多い中
ワイン用ブドウを作っている場所は
世界中どこを探してもなかったので、
ここで本当にブドウが育つのかという
不安もあったとのこと。
しかし現実的に眞由美さんを連れて
海外でワイナリーを開くのは難しく、
眞由美さんを立てる形で
ニセコの土地を購入することを決断。
まだ東京での仕事は続けていたので、
隔週で週末だけ飛行機で北海道に通い、
ニセコで原野を切り開く作業をしては
日曜夜に東京に戻るという生活を続けました。
開墾した土地は白樺や雑草が生い茂り、
石などもゴロゴロ出てくる原野💦
ただ重労働ではあったけれど、
ブドウ畑を創り出す作業はワクワクして
苦労を感じることはなかったそうです![]()
そして2007年、遂に一部の畑が完成して
本間さんは55歳で銀行を退職して脱サラ。
しかしそこから先、蓋を開けてみると
心配ごとが次々と出てきて
さらなる苦労が待ち構えていました💦
…長くなるんで後編に続きまーす!
コメント
5 件のコメント
本間さんて凄いなぁ。
エリート街道からワイナリーへ。
しかし海外に渡って最先端の機器に触れて将来を予測。そして退職後は好きを極める。私はこの4月から正確には来年の4月からどうしようか、と考えているのでした。今年は仕事継続したんで猶予を作ってます。刺激になります。
こんにちは。イェール大学って聞いたことある。国際機関勤めてたりパソコンに早くから目をつけたりめちゃくちゃすごい人だね。週末の時間だけ使ってブドウ畑開墾するの確かに大変そう。バイタリティーのある方だなあ。
銀行の字ですが、
日本興業銀行
が正しいはずです。
>大宮星人さん
ご指摘ありがとうございます!恥ずかしい…🙇🏻
修正しときました!
B・Bさん こんばんは
パソコンの時代が来ると、先見の明。(初代のマック検索しました。本当に四角い箱!って感じだね。)次のステップの為に着実に準備する姿、目標を立てるも毎日、続かない自分😅見習いたいです。続きを楽しみにしつつ寝ます。おやすみなさい。